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2022/2/20 sun 大洋メディアホール

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伊藤 よろしくお願いします。その前に今日、私の教え子といいますか、ゼミの学生達も随分観に来てくれているんですけど。7、8人かな、ところがこの対談を聞かないで帰っちゃったんですよね。最悪だなと思ってですね(笑)。本当に愛のない学生達だなと思ってがっかりしちゃったんですけど。残ってくれている学生も当然いるんですが、ちょっと言いたかったんで、それをまず言ってとからやろうかなと。つまり残っていただいている方はとても熱心な、何か聞きたいという、そういう向上心がある方なんだなと思って、頑張って喋ります。よろしくお願いします。

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大日方 大日方と申します。よろしくお願いします。急に1週間前に対談に出てほしいと言われまして、馳せ参じた次第なんですけれども。同じ大学(九州産業大学)で、僕は福岡に来て7年が経ったところですが、来て早々の最初の年、写真・映像メディア学科の授業の中で実は、伊藤高志という作家のことを話題にしていたんです。

〈SPACY〉をはじめとする初期の伊藤作品を学生に見てもらいながら、「映像の中にダイブする」という伊藤さんのキーワードを紹介し、映像の中に飛び込む、ダイブするというのがすごく面白いなと。じゃあ、写真の中にダイブすることができるか、ダイブできるのはどんな写真かを考える、という授業をやっていた。そんなことをやっていた時に、同じ大学に当の伊藤さんが赴任して来るらしいと噂が伝わってきて、足がワナワナ震えるというかびっくりするということがありました。

で、実際にいらっしゃって、でもこっちも年を取っているから、何というか、すぐフレンドリーに話すということがなかなかできなくて、普通に話相手になっていただくようになるのに何年かかかっちゃったんですね、それが今悔やまれます。今年、この3月をもって伊藤先生は我々の大学を退任されます。だから今日のこの対談は、先生の最終講義なのですね。

で、僕は愛知トリエンナーレで〈三人の女〉*というとんでもない作品を見て、名古屋や京都でできて何で九州でできないのか、この作品をぜひ再演するべきだ、と何年か前から大学でワーワー唱えていましたら、予算がつくことになって。去年〈三人の女〉を九産大の会場で上演することができました。その間にいろいろ伊藤さんから話をうかがったり、これまでの作品を見直してきたんですけれども。しかしですね、今日、最新作〈零へ〉を拝見して、僕は一度先がけて別の場所でも見ているんですけど、それにしてもいったい何だろうこれは、何を喋ればいいのか…と絶句してしまいます。あまり作者から答えを聞くみたいな感じになってもよくない、それではつまらないし、どうしましょう?

今、この会場はすごく面白い状態だと思うんですね。あのような謎の映画を突きつけられて皆さんがそれぞれの受けとめをされ、多分一人一人違うでしょうね。それぞれ違うことを思って家路につく、それぞれが受けとめたいろんな〈零へ〉のヴァージョンをめいめい持ち帰る、そうした状態にあることが面白いなと思うんですけど。しかし一方で、あまりにも謎の作品というところがあるので、作者本人から言葉を聴きだし、何かしら手がかりをもらって、それでいっそう迷宮化していくようなことになればいいとも思うんですけども。素朴な質問を思いつくままにさせてもらって、いいでしょうか?

 

伊藤 よろしくお願いします。

大日方 〈零へ〉では今までの伊藤作品にはないことがいろいろ起こっている。一番長尺ということもありますけど、まず、冒頭にドキュメンタリーのパートが導入部として作られている、こういうことは今までの作品にはなかったことです。説明抜きでいきなり不可思議なことが起こるという映画をもっぱら作って来られたと思うんですが、〈零へ〉ではバックステージを明かすような、ドキュメンタリーによる導入部を作られましたね。そのあたり構想段階の初めから予定されてたんですか?

 

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伊藤 そうですねぇ、どうだったかな。とにかく6年前に福岡に来て、九産大に勤務が決まってね、その前は京都の大学(京都造形芸術大学)で、そこでも映像を教えていたんですが、そこは舞台関係、演劇とかダンスとかも教えている大学だったわけです。私がいたのは映像舞台芸術学科というところで、それらを合体させた学科だった。だから学生は映像も学べばダンスも学ぶ、日舞も教えられるという、そういう大学にいたんですよ、もう23年間もね。その時に身体で表現する人達と一緒にいたということもあったので、コラボレーションといいますか、私の専門の映像と身体表現を合体させたような作品が何かできないかな、みたいなことは随分模索していました。それでいろんな実験をそのダンサー達とやっては発表し、みたいなことを繰り返している中で、その時はコンテンポラリーのダンサーだったんですけれど、その人達の持っている身体性が映像の中でとても面白いものとして現れるなということで、そういう人達を使って自分で映画を作るようになっていったんです。なのでこっちへ来た時に、同じように身体表現をやっている人がいないかなと思っていたんですよ。その時に出会ったのが原田伸雄さんなんですね。

 

原田伸雄さんは元々は東京で活動されていた舞踏家だったんですけど、東京の生活に疲れて「東京じゃ何もできん」と言って福岡まで来て、それで福岡のほうが自由だということで随分前から活動されていて。私は6年前から原田さんのその活動を見るようになったわけです。で、やっぱり面白いんです、その舞踏が。京都時代はあんまり舞踏を見たことがなかったんですけど。〈零へ〉には原田さんをはじめ、原田さんのお弟子さんの女性達が亡霊として出てきますが、あの人達は原田さんのお弟子さんなので、全員舞踏をやっている方達なんです。そういう舞踏をやっている方達の公演を間近で見ていて、撮影したくなったわけですよ、とにかく。それでドキュメントといいますか、稽古場に行ったり、その発表の会場に行ったりするときに必ずビデオカメラを持って彼ら彼女達の姿を記録していこうという気持ちがあって、最初。だからその時はそんなに、何か大きな作品を作るとか、ま、漠然とした気持ちはあったんですけど、どんなものにしようかというものはほとんど決まっていなくて、とにかく原田さんを撮ってみようかなということで撮り始めたんですよね。だから素材としてはたくさんあるんですよ。

 

〈零へ〉には一番最初に原田さんの稽古風景とか出てきますけど、あれはほんの一部のシーンなんです。ただあそこで言っている原田さんの言葉が私の考えとすごくマッチするというか。今の若い子達がもうタコツボ化しているということもね、私もそう思うし。タコツボ化している学生がさっき帰っちゃったと思うんだけど。

それといわゆる強度というか強さというのは、激しく動くだけじゃないんだというね。この指先だけにも強度というのはあるんだ、というあの言葉はすごく好きなんですよ。私もそうだと思うんです。

学生の頃は強度というのは激しく動くもんだと思ってて、〈SPACY〉とかね。とにかく激しい、視覚を刺激するような映像をガンガン撮って、これこそが強度だってずっと思ってたわけですよ。

でも人を使うようになって、何かドラマ的なものを作るにしても、やっぱり強さというのは必要だと思うわけです。強さがないと飽きちゃいますから。そういう強さで引っ張っていくということは、自分の映画作りの中ではすごく大事にしているというか、強く思っていることなんですよね。だから原田さんをずっと撮っている中で、ドキュメントがどんどんどんどん溜まってくるんです。

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そういう時期を過ごしているときに、前半の女子大生、ゼミの私の教え子なんですね。2人出てきますけど、バット持ってとカメラ持ってね。あの2人がとても面白いんですよ。何が面白いって常にベタベタベタベタしているんです、普段から。女の子同士なんだけど、常に抱き合ったりとか、手をむすんで歩いていたりとかしているわけです。その姿を見てて、この歳になってそういう子達を見る違和感みたいなのと同時に、そういう女の子達の姿がとても面白いなと思って、その2人の女の子で映画を作ろうと思ったんですよね。フィクションで短編を。だから原田さんの作品と全然違う場所で、その女の子達を使って作ろうと。そこでいろいろ構想していて、そこはフィクションとして。で、いわゆるシナリオというか絵コンテというか、そういうものをずっと作り続けていたんですね。それと並行して原田さんをずっと撮っていた。

で、女の子達を撮っている時に何かこう面白いなと、フィクションをもう一回しっかりやろうという気持ちがグーッと湧いてきて。

原田さんのドキュメントを撮っているうちに、原田さんの方もちょっとフィクション化したものを撮ってみようかなと思って、2本立てで考えていたんです。それで別々として、女の子達だけのシーンをまず撮ったんです、2年前ですけどね。ちょうどコロナに入る直前に、この2人の女の子のエピソード、20分、30分ぐらいありますけど、そこの部分を撮ったんです。そしたら、その部分だけでも成立するなと思ったんですよ、最初。短編映画としてそれだけで1本作ろうかな、完成させようかなと思っていた気持ちと、もう一方で、原田さんでフィクションを作ろうという気持ちが、ちょっとそこで合体したんです。合体して一緒にしても面白いなと。女の子達のある生活の時間と、今度は老人が幻影におびえていくみたいな怪奇的な時間と、これを合体させる。でも最近、映画なんかで、二つの全然違う話がうまく混じり合うみたいな作られ方というのは多いわけですよ。よくありますよね。だからそういうよくある方法は嫌だなと思って、完全に結びつかない、結びつくとしても一瞬結びつくとかね、何か関係のない話が2本、そこに存在するという作品にしようかなと思って、原田さんの撮影に入っていったわけです。

で、その時はそのフィクションとしての2本を前編後編としてまとめて作り上げようと思っていて、頭にドキュメントを入れるというのはあんまりなかったんです。ただ、2年前のコロナの時期に自分の作品のことをじっくり考えていくうちに、最初に出演者2人にインタビューさせて、いわゆる現実という時空間をしっかり見せておいて、それがフィクションという作られた虚構にグッといきなり入っていくみたいな、ドキュメントからいきなりフィクションにガッと入っていく、そのスピードというか、その衝撃というか、それを描きたいなと思ってだんだん全体がまとまっていったわけです。

で、最後のいわゆる空舞台の映像が5分ぐらい続くんですけれども、あれは本当はあの空舞台を20分ぐらい作ろうかなと思っていたんですよ。誰もいない風景を20分ぐらい延々と見せてね。で、全体で1時間半ぐらいの作品にしようかなと思って撮影したものを、編集していくうちに「ちょっと長すぎるな」とか、自分の作ったものを批評しながら編集していくわけです。「これでいいのか、いや違うな」とかね。そういう批評をしながら編集をしていって、この形になったということですね。